トピックス

PASCHプログラム春季海外学生派遣(参加学生報告)

ドイツ語を通じた国際交流
―セルビアでのPASCHビデオワークショップ2016―

 2016年3月23日から4月3日までの2週間、セルビア共和国のパンチェボでPASCH校ビデオワークショップが開催されました。昨年の夏にセルビアの学生が来日し、東京で同様のビデオワークショップを行ない、今回は日本のPASCH校生がセルビアのパンチェボを訪問しました。ワークショップのテーマは東京の時と同じく「エコロジーと環境」でした。ビデオワークショップでは、「エコロジーと環境」に関するビデオの撮影やインタビューを行い、撮影・録音したデータを編集して一本のビデオを作成しました。このワークショップには、セルビアからウロシュ・プレディッチ・ギムナジウムの生徒6名、日本からは木更津高専の4名、都立北園高校から1名が参加しました。私たちは共通言語であるドイツ語を通じてセルビアの参加者とコミュニケーションをとりながら作業を行いました。

作成したビデオは以下のURLから見ることができます。
http://www.pasch-net.de/mit/blo/de3383647.htm

 

① セルビア社会の環境保護活動を共有する

機械工学科5年
木村 幹

 人間による資源の大量消費は地球の環境に深刻な問題を起こしています。そのため社会全体が協力し、環境保護に取り組むことは、とても重要なことです。今回のワークショップでは、セルビアの施設が行っている、環境保護の取り組みなどを実際に訪れて取材をし、ビデオ作成を通して様々な取り組みがあることに気づき、それをたくさんの人と共有することができました。
 ワークショップ初日、まず参加者が3グループに分かれて、エコロジーと環境保護について話し合いました。環境改善のためのアイデアや知っていること、家族や個人で実践している省エネルギー・節約方法などを大きな紙に書き出し、その後グループごとに発表しました。その中で私が最も関心したのがイヴァンの出したアイデアでした。それは木の枝に、葉の代わりにソーラーパネルを取り付けて発電するものでした。それは最近よく耳にするバイオメティクスの発想で、とても興味深いと思いました。話し合いはすべてドイツ語だったので、私は意見を述べるのに苦労もしましたが、お互いに意見を出し合うことによって、エコロジーに対する意識を全員で共有できました。
 撮影練習では、ワークショップの指導者のシニーシャ・ガリッチさんからカメラの使い方、マイクアームの持ち方、インタビュアーの立ち位置などの撮影技術を学び、教わったことを何度も練習しました。私はカメラの担当だったのですが、撮影ではカメラを固定して撮影するのが難しく、思った以上に映像が揺れてしまっていて、そのことをたくさん指摘されました。そこで同じグループだった撮影が上手なボーヤンに、撮影の時は脇をしっかり締めて、両手を使ってカメラを安定させて撮影するというアドバイスをもらい、少しずつうまく撮影できるようになりました。
 ビデオ編集では4グループに分かれて編集をしました。私は在セルビア日本国大使館の取材内容の編集を担当しました。撮影した動画のトリミング作業が特に難しかったです。動画撮影では10分近くカメラをまわしていたのですが、最終的にそれを1分の動画に短縮するのが大変でした。細かい修正や調節をなんども繰り返し、最後に字幕とBGMを編集して、ビデオを完成させました。
 最終日にはベオグラードにあるゲーテ・インスティトゥートで、完成したビデオの発表会が行われました。発表会にはPASCH校であるベオグラード第3ギムナジウムの生徒も来てくれました。今回のワークショップでは実際に撮影・編集技術を学ぶことができました。カメラやマイクなどの操作は、実際に体験してみないとわからないことが多く、本当に貴重な体験ができました。また訪問した施設のエコロジーに対する努力を知り、地球の環境を社会全体で守ることの大切さに改めて気付かされました。

環境保護のアイデアの共有

環境保護のアイデアの共有

カメラの使い方の練習

カメラの使い方の練習

 

② セルビアのエコロジー活動

制御・情報システム工学専攻1年
筑間 拓実

 私は、昨年(2015年)の夏に東京で行われたビデオワークショップに参加し、そして今回のセルビアで開かれた同じプロジェクトにも参加させて頂きました。滞在中には、エコロジーに関する様ざまな場所へ行きました。そこで、私たちが訪問先で見た環境に対する様ざまな取り組みについて紹介したいと思います。

 ワークショップ3日目の3月25日(金)に私たちはセルビア中部のオモリッツァにあるリサイクルセンターを訪れました。ここでは電気製品や大型機器等を集めてリサイクルを行っています。いくつかのフロアを見学し、作業員の方がパソコンやテレビの部品を実際に分解している様子も見ることができました。その他にも大型機器を自動で分別する機械等の多くの設備が整っていて、セルビアの企業はリサイクル事業にしっかり目を向けていると感じました。また工場を見学する中で、ごみを分別することの重要さを改めて感じました。

 ワークショップ5日目の3月27日(日)には、私の通う木更津高専と同じ工学系であるパンチェボ機械学校を訪問しました。先生や生徒たちが日曜にも関わらず私たちを迎え入れてくれて、施設や研究について説明をしてくれました。学校には3DプリンタやCNCフライス盤などの設備が整っていました。またこの学校では、自動分別装置や風力発電機の製作などに取り組んでいました。同じ世代の同じ専門分野の仲間が活躍していて、とても刺激になりました。

 ワークショップ6日目の3月28日(月)には、セルビア北部のチュルッグにあるバイオマスの施設を見学しました。牛の糞を利用して化石燃料に代わる再生可能エネルギーの生産を行っていて、近年注目されているバイオマス分野を直に見学することができました。私は今まで家畜を利用してエネルギーを生産している場所を見たことがなかったので、とても新鮮な感覚でした。
また同じ日には、セルビア北部のスボティツァにある浄水場へ行きました。その近くにはパーリッチ湖という湖があります。スボティツァの人口が急増し、生活排水・工業廃水がパーリッチ湖に流入し、水質汚染が深刻な問題となったそうです。汚染されたパーリッチ湖を浄化するため、2009年にこの浄水場が建設されました。この話を聞いたとき、日本でも1956年に熊本県で起きた水俣病のような水質汚染の問題があったことを思い出し、セルビアでも同じような問題に直面しているのだと感じました。

 また、ワークショップ7日目の3月29日(火)には、ベオグラードにある日本国大使館を訪れる機会もありました。セルビアの日本企業や学生が行っている環境に関する取り組みについて関心をもち、インタビューを行いました。その話の中で、セルビアの大学生がドナウ川に落ちているゴミや空き缶を拾う活動や、洪水が起きたときに赤十字と協力して土嚢を積みに行く活動を行っていることを知りました。学生たちが自分から環境問題について取り組んでいることに感心しました。

 また、これらの訪問先の他にも、セルビアのエコロジーについて調べるためにパンチェボの市役所や地元の新聞社を訪れ、それぞれの場所でエコロジーに関するインタビューをさせて頂きました。パンチェボ市議会議員のウラジミール・デルヤさんの話によると、パンチェボでは電気自動車や電気バスを普及させることで、環境に優しい街づくりをすることに取り組んでいるそうです。

 今回のワークショップでは様ざまな場所を訪問させて頂きましたが、企業や学校、ボランティア等、それぞれの分野で環境に対する取り組みを行っていることが分かりました。私も自分自身が日本の環境についてもっと関心を持つべきだと感じました。ドイツ語を通じて海外の環境問題を知ったり、異文化に触れたりと、日本では経験できないような毎日を過ごすことができました。

パーリッチ湖での取材

パーリッチ湖での取材

バイオマス施設の見学

バイオマス施設の見学

 

③ セルビアの美しい自然と都市

機械工学科5年
松田 美勇史

 セルビア滞在中、私たちはワークショップに参加するだけでなく観光もしました。私たちは、セルビアの生徒たちと一緒にパンチェボ、ベオグラード、スボティツァの三つの都市を巡りました。
 ベオグラードにある日本国大使館を訪れた後には、ドナウ川周辺を散歩しました。川幅は200m程でした。辺りは草原が広がり、川に沿って舗装された道ではたくさんの人がウォーキングやジョギングを楽しんでいました。川の周は、豊かな緑で賑わっていました。
  ベオグラードでは、ドナウ川とサバ川の合流点を見下ろす小高い丘の上に建てられているベオグラード要塞へ行きました。外側は城壁に守られていて、中には防空壕やたくさんの大砲などがありました。この要塞は、紀元後2世紀頃、ケルト人によって戦略的に建てられ、今まで何度も建設と破壊が繰り返されてきました。この要塞の頂上には、カレメグダンという広くて美しい公園があり、たくさんの木々や花が咲いていました。また、城壁側へ近づいていくと、ベオグラードの景色が一望でき、ドナウ川を挟んで古い町と新しい町が隔たれている景色を楽しむことが出来ました。また、ベオグラードの動物園にも訪れました。日本では見ることが難しい、白狼を見ることができました。動物園の中をベオグラード第三ギムナジウムの生徒たちが案内してくれました。彼らはドイツ語で、動物園内のエリア一つ一つを丁寧に説明してくれて、楽しく交流が出来ました。
 他に、私たちはスボティツァというセルビア最北の町を訪れました。この町の建築物は非常に美しく、歴史的な建築物が多かったです。セルビアの北部で接しているハンガリーとオーストリアによる影響を強く受けているそうで、色彩豊かで様々な模様で装飾した住居が多く、街並みがカラフルでした。銀行や教会、オペラ劇場や宮殿などを見て回りましたが、どれもハート形の模様を多く用いていました。
最後に、私たちの主な活動拠点であったパンチェボについて紹介します。パンチェボはベオグラードに隣接している工業都市で、ここに私たちがお世話になったウロシュ・プレディッチ・ギムナジウムがあります。私たちは、セルビア滞在中のプログラムの大半をこのパンチェボで過ごしました。十日目には、セルビアの伝統舞踊である「コロ」を教えているクラブを訪れる機会がありました。このクラブでは、小学生クラスと中高学生クラスの踊りを見学しました。私は、ストリートダンスが趣味なので、他国の踊りを見ることはとても興味深いことでした。踊りのフォーメーションも複雑で、ステップやリズムも難しそうでした。また、この「コロ」を見た際に気づいたのですが、セルビアの伝統舞踊文化においても、セルビアの男女の親密度が目立っていました。セルビアでは男女の親密度は高く、挨拶で頬にキスをしたり、抱擁をしたりする習慣があります。社交ダンス・フォークダンス・コロなどの伝統舞踊でも、腰に手を回したり、手を繋いだりする動作がありました。
短い滞在期間の中でのセルビアの雰囲気を存分に感じ、セルビアの歴史や文化を学ぶことができました。

セルビア最北の町スポティツァにて

セルビア最北の町スポティツァにて

セルビアの民族舞踊コロ

セルビアの民族舞踊コロ

 

④ セルビアのおいしい食事について

制御・情報システム工学専攻1年
阿波 優里花

 セルビア滞在中、ホームステイ先、学校や周辺レストランでの昼食、おやつ、インタビューの際の訪問先など、いろいろなところでセルビアの料理を食べました。セルビアの食事は肉料理が中心で、量は毎回多めでした。昼食は3食のなかで一番量が多く、一日の食事の中心でした。
 セルビアに到着した日、家に着いたのは夕方だったので、さっそく食事を用意してくれました。メニューはチキンとパン、サラダ、お米のリゾットのようなもの、グリーンピースやニンジンジャガイモなどをマヨネーズで和えたロシア風サラダでした。米は、日本のものより少し細長く、硬めでした。セルビアの人たちは、通常あまりお米を食べないそうですが、日本人ということでホームステイ先のお母さんがわざわざ用意してくれました。滞在中、その他にもたくさんのセルビアの家庭料理を作ってもらいました。サルマという、中にひき肉と米を入れ、キャベツで巻いて煮込んだものは、セルビアの家庭でよく食べる料理だそうです。日本のロールキャベツに似ていましたが、鍋からお皿に取り分けてから、ナイフとフォークで崩して食べていました。また、夕食を軽めにすませる際のメニューにはパンケーキがありました。パンケーキと聞いて、ホットケーキのような厚めのものを想像したのですが、クレープみたいな薄い生地にアプリコットジャムやチョコクリームを塗り、ロール状にして食べるものでした。
 ビデオワークショップ中の昼食も、学校やレストランでいろいろなものを食べさせてもらいました。パンチェボを流れるタミス川沿いにあるレストランでは、セルビアの肉料理であるチェバッピやレバルチャを食べました。それは、味が濃く、パンにとても合っていておいしかったです。はじめにスープがでてきて、それを食べてから、サラダとメイン料理を食べる形式が多く、最初からみそ汁やおかずがすべて並ぶ日本との違いを感じました。
 また、ベオグラードのゲーテ・インスティトゥートを二度訪問した際には、昼食にピザを食べました。日本の通常のピザの倍くらいの直径があり、一切れでもうまく皿に乗らない程大きかったのですが、とてもおいしかったです。ほかにも、セルビアでの滞在期間を通してプレスカピッツァというビーフバーガー、ピッタやブレクというパイのようなもの、グリルパーティーで食べたバターの風味のするカイマックなど、たくさんの料理を食べさせてもらいました。私は、ワークショップはもちろんですが、毎回セルビアでの食事も楽しみで、毎日わくわくしながら過ごしていました。いくつか調理法を教えてもらったものがあるので、日本でも作ってみたいと思っています。
 今回のホームステイ先のツベトコヴィッチ家では、毎回、わかりやすいドイツ語で話しかけてくれ、いろいろとお世話してくれたマリヤ、おいしい食事を作ってくれたお母さん、いつも笑わせて楽しい気分にしてくれたお父さん、一緒にカフェや買い物に出かけた妹のドゥーニャのおかげで本当に楽しく過ごすことができました。ツベトコヴィッチ家のみなさんありがとうございました。

セルビアの肉料理

セルビアの肉料理

セルビアのデザート

セルビアのデザート

昼食(チェバプチチ)

昼食(チェバプチチ)

マリヤの祖父宅で作ってもらった「ピッタ」

マリヤの祖父宅で作ってもらった「ピッタ」

 

【最後に】
 今回のセルビア訪問では、セルビアの文化を数多く体験することができました。セルビア人と日本人で、お互いが学ぶドイツ語を通して意思の疎通ができることは、すごいことだと感じました。ワークショップは、とても有意義で、今後のドイツ語学習がさらに楽しくなる体験となりました。
 セルビアでお世話になったラドミーラ・ニコリッチ先生、ゲーテ・インスティトゥートのヤコブ・コンラートさん、ビデオ撮影の指導をしてくださったシニーシャ・ガリッチさん、パンチェボのウロシュ・プレディッチ・ギムナジウム、ベオグラードのギムナジウムの生徒の方々、マリヤ・ツベトコヴィッチさん、ステファン・スタンコヴィッチさん、ヨバナ・ドネヴスキさん、ヨバン・ミトロヴスキさん、イバン・ラコニャッツさん、ルカ・イヴァノビッチさん、ボーヤン・タノビッチさん、ホームステイさせていただいたご家庭、そしてこのような機会を提供してくださったゲーテ・インスティトゥートにはとても感謝しています。本当にありがとうございました。

【セルビアで印象に残ったことベスト10】
 セルビアの研修中に、印象に残ったことやエピソードなどを10個ピックアップしました。

・カレメグダン公園
 ベオグラード中心部にあるこのビデオでは、ベオグラードを通る2本のサバ川とドナウ川の合流点や新市街の風景を一望でき、とても良い眺めでした。公園内には動物園や博物館、遊園地などの施設もあり、たくさんの人が訪れていました。

・美男美女が多い
 セルビア人の第一印象は、背が高く、色白の人が多かったことです。セルビアでは様ざまな歴史的な変遷から、多様な民族同士が交わったため、美男美女が多いようです。

・昼夜の気温が激しい
 朝は10度を下回るほどでしたが、日中になると25度前後となる日が多々ありました。まるで夏のようでした。

・時間にルーズ
 予定表の時間より大幅に遅れたり、集合時間に全員が揃わないことが何度かありました。

・パンチェボの学生が日本の歌を歌ってくれたこと
 ウロシュ・プレディッチ・ギムナジウムでドイツ語の授業を見学した時、教室の中でSPYAIRのmy friendという日本の曲をクラス全員で歌ってくれました。
 
・食事の量がとても多いこと
 毎日食べきれないほどの量の料理が出てきて、そのボリュームに驚きました。おいしい料理をお腹いっぱい食べることができて幸せでした。

・セルビア人は愛国心がとても強い
 セルビアの人は愛国心がとても強いと感じました。若者も含めて、セルビアでは伝統的な音楽や踊りが好まれています。また、会う人すべてが「セルビアについてどう思う?」、「日本ってどんな国?」と聞いていました。

・男女の親密度が高い。
 セルビアでは、恋愛関係には無くても、親しい異性の友達との挨拶では抱擁や頬へのキスをすることが多いです。セルビアに限らず、ヨーロッパではそのような慣習を持つ国は多いようです。日本人にとってはちょっと異様に見えました。

・毎日、ホームステイ先の家族全員で食事をしたこと
セルビアでは、毎日ホームステイ先の家族全員で食事をしました。私は、日本ではいつも一人で食事をしているので、懐かしく、楽しかったです。また、日本では素材本来の味を楽しみますが、セルビアでは積極的に味を変え、組み合わせを楽しんでいるようでした。

・カフェがたくさんあること
 セルビアでは町の至るところにカフェがあり、子供から大人まで、そこでゆったりとおしゃべりをしていました。

 

 

AKBPフォーラム2016(ベルリン)

① ドイツ語を通じた世界中の人たちとの交流-

機械工学科5年
段野下 宙志

 2016年4月13日から15日まで、ベルリンで、ドイツ外務省主催のPASCHフォーラムAKBP-Welt Klasse!が開催されました。AKBPとは、外交 Auswärtig 文化 Kultur 教育政策 Bildungspolitikの頭文字を取った略語です。このフォーラムには、世界中からPASCH関係者が参加し、参加国の数は30を超えました。3日間という短い期間でしたが、毎日充実したプログラムが用意されていて、参加者は有意義な日々を過ごすことができました。このフォーラムに日本から参加した私たちは、この3日間、PASCH-netのソーシャルメディアチームの一員として、フォーラムの期間に行われた催しを、FacebookやInstagramなどのSNSに、リアルタイムで随時報告しました。
 フォーラム1日目の4月13日、ドイツ外務省で歓迎レセプションが開催されました。歓迎会の冒頭には、世界中のPASCH生によるビデオレターが上映され、どのビデオメッセージからもドイツ語を学ぶ楽しさが伝わってきました。またゲーテ・インスティトゥート事務総長のヨハネス・エーベルト氏に、私たち、ソーシャルメディアチームがインタビューをする機会もありました。エーベルト氏は私たちの質問一つ一つに親切に答えてくれ、またPASCHの今後の展望や抱負について語ってくれました。彼が学生時代にイスラム学を専攻していたことや、世界各地でドイツ語を教えた経験などについて拝聴することができました。(https://www.facebook.com/paschnet/?fref=ts)
 フォーラム2日目の4月14日、ベルリン西部のヴァルトギムナジウムでワークショップが開催されました。演劇やマンガ、料理、科学の実験、ポエタリースラムなど、20以上のワークショプがあり、フォーラム参加者は各自興味のあるワークショップに参加することができました。私たちソーシャルメディアチームは、多くのワークショップを回って、その様子を取材しました。また、その日の夜にも、ベルリン市内各地でプログラムが用意されていて、私たちは、クアフュルステンダムの映画館で、Kaddisch für einen Freund(Leo Khasin,2012)と題する映画を鑑賞しました。この映画の主人公は、ベルリンのクロイツベルクに家族で移住してきたパレスチナの少年で、上階に住むロシア系ユダヤ人の老人との交流が映画の主題となっていました。この映画の背景には、パレスチナ問題があり、内容的に私たち日本人にとっては理解することが難しいものでした。多くの国の人とのコミュニケーションのためには、言語を学ぶことだけでなく、歴史や宗教、民族問題についても学ぶことが重要であることを実感させられた映画でした。
 フォーラム最終日の4月15日、ルッケンヴァルダー通りにあるコンベンション施設「ステーション・ベルリン」で、ドイツ語教育に関する大規模な展示会や講演会が開催されました。ここでも前日同様、参加者は、20以上のワークショップから興味のあるものを選んで参加することができました。夕方、この催しの最後に、ドイツ外務大臣のフランク=ヴァルター・シュタインマイアー氏によるスピーチがありました。スピーチの後、シュタインマイアー氏とPASCH生が記念撮影をしました。あまりの人数の多さに写真に入りきらなかった人もいたほどでした。それは、このフォーラムの規模の大きさを示していました。
 このような世界中のPASCH校のフォーラムに参加できたことを、私はたいへん嬉しく思います。PASCH校生の共通言語であるドイツ語を通して、たくさんの人とさまざまな事柄を話すことができ、非常に良い経験になりました。若者の流行や、趣味などの話は、聞いていて特に興味深かったです。海外でも日本の「マンガ」や「アニメ」は有名でした。自分の国のものが相手の国で流行していることを、すこし誇らしく感じました。また、世界中の参加者たちと話すことによって、相手の国について見聞を広げられることは、私にとってとても有意義なものでした。しかし、自分の国ことを聞かれて、上手くドイツ語で説明できない場面もありました。私はこれからもっと多くの人と交流して、多くの国の話を聞きたいと思いました。そのためにも、世界中の歴史や文化、言語の学習にこれからも励んでいきたいと思います。そして、今回のワークショップのように、ドイツ語で自分の興味のある分野について学ぶことに大変魅力を感じました。このような機会があれば今後も積極的に参加していきたいと思います。このような素晴らしい機会をくださった、PASCH関係者全ての方々に心よりお礼申し上げます。

ソーシャルメディアチーム

ソーシャルメディアチーム

 

② ベルリンの歴史を体感した数日間

機械・電子システム工学専攻1年
多喜 萌

 AKBPフォーラム初日、幸運にも雨の予報が外れ快晴のなか、最初のプログラムであるベルリン市内見学のため、私たち参加者は観光バスに乗り込みました。はじめに、ベルリン中心部エーベルト通りの近くにあるドイツ連邦議会議事堂を訪れました。議事堂に入る際、空港でのようなセキュリティーチェックを受けて、エレベーターで、巨大ガラス張りのドームが特徴的な屋上に上がりました。このドームは、「開放的で透明性のある議会」を象徴しているそうです。議事堂の前の共和国広場では、サッカーをして遊ぶ子供たちや、植え込み間をセグウェイで蛇行している若者たち、散歩しているカップルなどの姿が見られ、このドイツの政治的中心地区が、ベルリン市民にとっては、開放的で身近な場所であるという印象を受けました。
 その後、議事堂の近くにあるブランデンブルク門を訪れました。ベルリン滞在中に親しくなったフランスのランスのジャン・ジョレス高等学校の3人(マキシーム・ドーフィン、ゾエ・ゼルジェ、ショーラ・ルグダ)と一緒に写真を撮りました。さらにエーベルト通りに沿って南に数分行くと、ホロコースト慰霊碑がありました。そこには、約2万平方メートルもある広い敷地に大小様々な無機質なコンクリートの石碑が並んでいました。私はその光景に、この慰霊碑を写真や映像で見たときとは比較にならないほどの、強い印象を受けました。コンクリートの石碑は大きいもので4メートル近くあり、目の前に立つと圧迫感と息苦しさを感じました。また、私はここで、歴史の授業や本や映画で見たナチスの大量虐殺に関する写真や映像が現実に起こった事実として迫ってくる感覚に襲われ、「歴史に触れる」体感をしました。
 その後、私たちはバスでベルナウアー通りにある東西ベルリンを隔てていた壁が残されている場所へと向かいました。ここには、1961年から1989年までベルリンを東西に隔てていた壁の一部が、周囲の無人地帯、監視塔や街灯と共に当時そのままの状態で保存されていました。劣化して色あせた監視塔の外壁や破損した窓に、この監視塔が健在であった当時のベルリンの姿を想像することができました。
 他にも、バスで移動中に、ティーアガルテンにある対仏戦勝記念塔やソ連軍戦勝記念碑を目にし、それらの建物や記念碑にまつわる興味深いエピソードを聞き、ベルリンの歴史に興味を持ちました。日本に帰国したら、ドイツ統一前後のベルリンの混乱を描いた『グッバイ、レーニン!』(ヴォルフガング・ベッカー監督、2003年)や、第二次世界大戦中のホロコーストを描いた『シンドラーのリスト』(スティーヴン・スピルバーグ監督、1993年)を見直したいと思いました。

 このフォーラムには、400名にも及ぶPASCH関係者が参加しており、特に親しくなったランスのPASCH校生たちをはじめ、たくさんの人たちと話すことができました。ランスの生徒たちから、フランスでは、スタジオジブリ制作の『となりのトトロ』、『千と千尋の神隠し』、『もののけ姫』、諫山創による日本の漫画『進撃の巨人』(ドイツの町が舞台のモデルとなっている)が流行していることを聞きました。彼らは、日本のアニメ、日本語、日本の食べ物に興味を持ってくれていて、それがとても嬉しかったです。また、ドイツ語でたくさんの人と話し、自分の発音の悪さを痛感し、更にドイツ語学習に励む決意をしました。
 ベルリンでは、毎日とても楽しい日々を過ごすことができました。このフォーラム開催に当たり準備に関わって下さった多くの方々、特にゲーテ・インスティトゥートの方々と、現地でソーシャルメディアチームを直接指導して下さったヘレーネ・タンゲルさん、イェンス・ヘルマン氏にお礼を申し上げます。また、ベルリン市内の美味しいカレーソーセージや白ソーセージを食べることのできる店、ソニーセンター、イーストサイドギャラリーなど案内して下さった引率者の木更津高専の柴田先生にお礼を申し上げます。

フランデンブルク門前にて

フランデンブルク門前にて

ベルリンの壁跡地(イーストサイドギャラリー)

ベルリンの壁跡地(イーストサイドギャラリー)